2010年01月06日

この協力

朝鮮戦争ではGHQの極秘の指示により、この
掃海作業を朝鮮近海でもおこない、旧海軍の精鋭を含む特別チームで連合軍の
仁川上陸作戦(1950年9〜12月)にも協力しました。この協力が当時の講和条約
交渉にもひじょうに有利に作用したといわれます。
posted by 株さん at 17:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

各国

律令と歴史書の編纂を命じ、八色の姓と新しい位階を定め、身分に応じた
服装の様式を規定し、また今まで曖昧であった各国の境の策定のための
調査を行っています。また占星台を設けて天体観測をさせたり、また仏教・
神道の双方を重視・奨励して両派勢力の融合を図ったりしています。
posted by 株さん at 16:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

株と株と株

1947年にCombatを辞めフリーになります。その後発表した1951年の
「反抗的人間(L'Homme Revolte)」は長年の親友であったサルトルとの激しい
論争に発展しました。それがやっと落ち着いた頃に発表されたのが1956年の
「転落(La Chute)」です。

1957年ノーベル文学賞受賞。なおサルトルも1964年にノーベル文学賞に推薦
されますが彼はその受賞を拒否しています。

1960年1月4日13:55、友人が運転する暴走自動車が街路樹に激突して即死。
享年46歳。早すぎる死ではありましたが、ある意味では彼らしい死に方であっ
たのかも知れないと言う人もあります。

■異邦人(エトランジェ)
 Aujourd'hui, maman est morte.(今日、お母ちゃんが死んだ)という書き出し
 があまりにも有名な作品。
 
 その母の死の翌日、主人公ムルソー(Meursault)は海岸に出かけて女性を誘い
 一緒に映画を見に行き夜も共にする。しかし彼は友人関係のいざこざに巻き
 込まれ、友人を助けようとして誤って喧嘩の相手のアラブ人を殺してしまう。
 
 裁判に掛けられた彼は潔く罪を認めるが、弁護士や検察官が彼の心の内面に
 踏み込んできて、あれこれ議論することに耐えられない。挙げ句の果てに、
 彼は反省の色が無いとされ、死刑の判決が出てしまう。
 
 彼の行動や発言は「常識ある人々」からは異常なものとみなされ、彼は冷酷
 無比な人物とレッテルを貼られてしまった。しかし本当に彼はそれほど人と
 違った存在だったのだろうか。
 
 処刑を前にして彼を「悔い改めさせよう」とする司祭の言葉も彼にとっては
 不愉快極まるものであった。彼は司祭と大喧嘩して、追い出してしまう。
 そして処刑の時が近づく中、彼は突然母の死の直前のことを思い出し、母は
 幸せな死に方をしたんだなという事に気付き、また彼も不思議な幸福感に
 包まれる。

 ※済みません。実はこの本最初の方でギブアップ(心理的に読むに耐えられ
 なくなった)したので、それ以降の部分は様々な書評を参考に組み立てた
 ものです。ひょっとしたら少し外しているかも知れません。読んだのは18歳
 頃だったと思いますが、主人公の心のナイーブさが、古い青春ドラマなどを
 見ている感じで痛々しくて、涙が出てきて我慢できなくなってしまいました。
posted by 株さん at 08:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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